2017年7月29日土曜日

陰徳とお経 「助けて神様ー!」「お前が神になるんだよ!」②











このブログの全体地図はこちら
はじめに(ご挨拶とこのブログの目次・地図)



なお、皆さんの記事の感想大募集です。
陰徳や積善積徳、改過の話やコツなど、体験談を大募集中です。ご遠慮無く、ご書き込み下さい。
記事下のコメント欄や、メッセージやメールで、お気軽にどうぞ。

その事例が、他の閲覧者様の、新しい積善改過の参考となり、
そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。

【開運講座:陰隲録・功過格/袁了凡】のシリーズ記事一覧はこちら




観音経


前回の続きです。

お経を読むという行為に何の意味があるのか?
呪文信仰ではないか?
という、ツッコミの話の続きです。


例えば、観音経というお経があります。
法華経の一部で、これだけ単独で成立していると言っても過言でない経典です。
※もともと、別のお経だったという説もあります。

観音経でググってみると、すぐに全文が出てきますが、

「念彼観音力」とループするので、聞いたことのある人も多いでしょう。

般若心経と並んで、長さ的に丁度いいため、般若心経の上位互換版みたいな形でよく使われます。




中身は、観音菩薩のありがたい功徳の羅列です。
観音力とは要するに、観音の力です(そのまま)。

観音菩薩のマッスルパワーを信ぜよ!
正義とは力なり。
力なき正義は無能なり
を地で行くお経です。


いろんな危機一髪の状況で、観音菩薩に助けを求めると、救われるという内容です。

※どんなもんかは、観音経で、ググッてみると、現代語訳付きでいくらでも出てきます。


で、この観音経を唱えて、呪文効果でどうにかなるのでしょうか?
意味なんてあるのか?

当然、現代人ならそう考えますが、
これは、前回も言ったように、
結局、お経を読むことで、お経の中身をインストールして、最終的に、仏になるということを目的としているのです。

ここに書かれている、観音力というのは、要するに、我々人間が、このように善行を重ねなさいということなのです。

要するにこの陰隲録の功過格表と同じです。
善行一覧リストなのです。


観音経の霊験が効く効かないは、結局、ただ読んでるよりも、その中身を実践しているかどうかが、一番重要です。

どういうことかと言うと、類は仲間を呼ぶという諺通り、観音菩薩も、自分の同類を助けるのです。
※たぶん、霊的に、自分と波長が合わないと助けにくいのでしょう。

観音菩薩のような行動をしている人を観音は同類とみなして助けるのです。



誓願


お経の読み方としては、まず単純に、ただ声に出して読んでるだけでも、普通に効果があります。
音霊的に、そういう効果があるように作られているからです。

さらに、百年単位で、音読されてきた見えない信仰のネットワークがあるため、お経そのものに霊力があります。

これは、賛美歌でも真言でもコーランでも全部同じです。
人類の歴史がつまっているので、霊的な仮想空間にストックされているのです。
この地球上に見えないサーバとして、エネルギーが充満しているのです。


しかし、さらに一歩すすめると、意味的な物も重要になります。

まずファーストステップに、観音経に載っている観音菩薩の功徳(念彼観音力)を認識します。

これで、唱えている人間の心と、観音菩薩が繋がります。
気功的に言うと、この状態で、体の気が、観音菩薩の気で満ちています。

で、観音菩薩は衆生救済の誓願を持って、行動している仏です。
観音経に載っているこれらの功徳は、観音菩薩の願いなのですです。
観音を信仰することで助けてくれますが、特に、自分も観音の願いに準じて人助けをすると、助けてくれるのです。

仏を信仰して救いを求めるのは、初期の段階です。
次の段階では、自分が仏になって他を助けるのです。
これが、本当の即身成仏です。



変☆身



もっと言えば、衆生救済という概念が、観音菩薩だと言えます。
そのために、あらゆる手を尽くします。
手段をおよそ問いません。

観音は変化身を使います。
どんなものにも変身出来るのです。
衆生を救うために、あらゆる姿に変身できます。

十一面観音などがいい例でしょう。
文字通り、フェイスが複数あるのです。
要するに、ルパン三世みたいなものです。

しかも、変身ヒーローならぬ、変身魔法少女でもあります。

歓喜天(聖天)は双神の仏像ですが、片方が十一面観音です。
無頼者の聖天相手に、美女の体の姿になって、聖天を仏道に勧誘した姿です。
(要するに仏教からヒンドゥー教へのハニートラップです)

軍人にも、国王にも、娼婦にも、教師にも、相手が必要な姿で変身します。

そしてその手法も千手観音のようにあらゆる手を使います。
手段を問いません。

そのため、神仏習合時代には、観音、特に十一面観音菩薩が、神道の神の総本地と呼ばれていました。

要するに日本の神様は、十一面観音菩薩が姿を変えて出てきた権現(仮の姿)であるということです。

衆生救済の誓願のために、手段を問わないのが観音様です。







お前が以下略



何か、観音菩薩のステマ記事みたいになってますが、要するに、お経というのはそういうものなのです。
ただ単に読んでるだけではなくて、こうしなさいよというマニュアル本なのです。

当たり前ですが、仏教は仏になるための自己啓発です。
お経は、釈迦という(六道)ライフハッカーの、自己啓発本なのです。

ちなみに観音に限りません。
他の仏も同じです。

例えば、この陰徳ブログでもよく出て来る毘沙門天という尊格がいます。


毘沙門天流 生活保護申請マニュアル~貴方にも出来る!申請裏技情報(情報商材風)~



毘沙門天は、武神なので、戦国時代の武将に良く信仰されてました。
古くは、聖徳太子が物部氏との戦争で加護を祈念して大勝利してから、楠木正成や上杉謙信なども毘沙門天を信仰していました。

彼らは、信仰している毘沙門天のように武神と言われて実績上げましたが、なぜ彼らが毘沙門天の加護を得ることが出来たかというと、簡単で、毘沙門天のように生きたからです。

仁義なし抗争が普通の戦国時代で、正義を重んじた彼らの生き様をしていたからこそ、毘沙門天の加護を得たのです。
そういうものなのです。

神様仏様助けて!
というのは初歩の段階なのです。

その後は、自分が神様仏様になるのです。






0 件のコメント:

コメントを投稿